発達障害に関するエピソードからなんでもない日々のエピソードまで。 シリアスが苦手なので、基本おちゃらけてます。初めての方は「はじめに」カテゴリーからお読みください。


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こだわり VS こだわり

2010年10月22日 

子供の行動をたしなめる時、ついつい喧嘩腰に。

脇で見ているおとんから一言。

「こだわりにこだわりぶつけてどうする!」

はっっっ!!!
もっともです。
自分が「親」ではなくて、同レベル目線になっているのだ。いかんなぁ…。


よく、親子で発達障害だと「子供の気持ちが分かっていい」と励ましとも慰めとも言える様な意見もある。
しかし、確かに気持ちや行動の理由を理解する分には便利だが、養育(または療育)する場面になると、上記のエピソードの様に一歩引いた目線になるのが難しく感じる。

こんな時、「子供への支援はいらないが、育てる自分へのフォローが欲しい」と思う。

経験でこだわりに陥る前に回避する方法は増やしてきたが、いざこだわりに陥ってしまうと急には戻れないのだ。パニックになってしまったのを落ち着ける事ができた、というのは絵空事だ。一通り発散してしまわないと戻れない。
できるのは、あらかじめ「こうしたらこうなるかも?」とパニックにならない様、気持ちの事前準備をするだけ。経験によってその選択肢が増えるだけ。いざパニックになったら、社会性がつく前の子ども時代となんら変わらないのだ。

…っていう事を大学の先生に話したら、大変興味深そうに驚いていた。
…っていう場面を見て、療育に長年関わってきても「そういう話に驚くのか?」と、わしも驚く。

どうやら一般的には、療育するとこだわりが減ってくるのだと思っているらしい。
たぶん、療育するとこだわりを回避する方法が増えるだけで、こだわりそのものは何ら変わらないのだと思うのだが。

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